最初にお金を払い込むことなく発行できるために、様々な企業で選択されている無償ストックオプション。今回は、そんな無償ストックオプションの税制適格要件や税制について、コンパクトに解説していきたいと思います。無償ストックオプションとは?30秒で解説!無償ストックオプションは、役員や従業員などに無償で付与されるストックオプションです。無償ストックオプションの発行から株式売却までの流れは下図の通りになります。何が無償なのか?というと、①SO発行時の払い込み「発行価額」が0円、つまり無償になっています。発行価額とは、ストックオプションの発行時に、付与される個人が払い込むお金です。無償ストックオプションでは、この発行価額の払込が発生しません。(発行会社では費用計上のため、発行価額(公正価値)の算定が必要になります。)無償ストックオプションの分類ストックオプションを簡単に分類すると下図になります。無償SOのうち、適格要件を満たす「税制適格SO」の場合は、給与課税を課されないようにすることができます。適格要件を満たさない「税制非適格SO」の場合は、無償で付与できるがゆえに、給与とみなされ行使時に最大約55%の給与課税が適用されてしまいます(会社法361条)。税制適格ストックオプションについて上記の図の通り、無償ストックオプションには税制適格と税制非適格の2種類があります。税制適格ストックオプションは、税制の適格要件を満たした者に無償でストックオプションを付与します。通常、ストックオプションの権利を行使する時には税金が課されます。しかし、税制適格の要件を満たすことで、ストックオプションの権利を行使する時に生じる給与課税が発生しないメリットがあります。また、税制適格ストックオプションは、取締役などの企業の幹部クラスに労働の対価として付与されることが多いです。適格要件を満たすか満たさないかで、税率20%か税率55%(Max)と大きく変わってくるので、無償ストックオプションを語る上で「適格要件」は重要なポイントになっています。では、その適格要件とは一体どのようなものなのか、また税制はどう変わってくるのか解説していきます。適格要件について適格要件を簡潔にまとめると下図になります。適格要件具体的な内容(1)発行形態・無償で発行・他者への譲渡を禁止(2)行使価額の制限・年間の行使合計額が1,200万円未満※令和6年改正により最大3,600万まで緩和見込み・行使価格は発行時の時価以上に設定(3)行使期間の制限・ストックオプションの付与決議から2年後〜10年後の8年間のみ行使可能・設立5年未満の未上場企業は、付与決議から2~15年以内(令和5年改正)(4)付与対象者の制限・発行会社およびその子会社の取締役・従業員等・外部協力者(※要件を満たした弁護士・会計士や専門エンジニア等)・付与決議日において、大口株主及び当該大口株主の特別関係者でないこと(5)保管委託・権利行使によって取得した株式は証券会社等に保管を委託すること※令和6年改正で緩和される見込み(交付される株式が、譲渡制限株式であり、かつ株式発行会社自身により管理する場合は保管委託が不要に。)(1)発行形態無償ストックオプションであること、すなわち無償で発行されることが条件になります(租税特別措置法施行令 第19条の3第1項)。発行されるストックオプションは譲渡が禁止されていること、すなわち本人が行使することが必要になります(租税特別措置法 第29条の2第1項4号)。(2)行使価額の制限年間の権利行使合計額が1200万円未満であること(租税特別措置法 第29条の2第1項第2号)です。一度でもこの条件から外れてしまうと、それ以降の年間行使価額がいくらであろうと、税制適格の対象ではなくなってしまいます。IPOなどのキャピタルゲインが大きくなるインセンティブプランの場合、この制限が障害となる場合があります。※令和6年改正により、最大3,600万まで緩和される見込み付与時の株価の時価以上に設定すること(租税特別措置法 第29条の2第1項3号)です。ストックオプションは、インセンティブとして付与し、会社の株価をあげることを目的としています。行使価額を契約締結時の時価未満で設定すると、権利行使をした時点で付与者の利益となり、本来の目的を達成できないため、税制適格の対象ではないのです。従って、1円ストックオプションは対象外となる可能性があります。(3)行使期間の制限税制適格ストックオプションの権利行使期間には、ストックオプションの付与決議から2年後〜10年後の8年間のみ行使可能という制限があります(租税特別措置法 第29条の2第1項1号)。令和5年度税制改正によって、設立から5年未満の未上場企業においては「ストックオプションの権利付与決議後2年を経過した日から15年を経過する日まで」の13年間まで権利行使期間が延長されました。改正の背景には、ディープテック(AI・ロボット・ゲノム・ナノテクノロジーなど)やグローバル展開を行うスタートアップ企業では事業化に時間を要するため、優秀な人たちが働くモチベーションを高めて、人材の流動性を生み出すことが政策的な狙いとして掲げられています。(4)付与対象者付与対象者の要件は、適格要件の中でも複雑になっていますので、注意が必要です。租税特別措置法 第29条の2第1項で規定されています。付与対象者は、発行会社・その子会社の取締役・執行役・使用人・権利承継相続人であること付与対象は誰でも良いわけではなく、発行会社・その子会社の取締役・執行役・従業員に限定されています。監査役が除外されている点に注意しましょう。一定の要件を満たす弁護士・会計士やエンジニア等の外部協力者であること外部協力者への付与は、取締役等と異なり主務大臣に対する申請が認定される必要があります。また、設立10年未満の会社かつファンドからの出資を受けている等に限定されます。申請手続きでは、高度な知識や技能を有する社外の人材を活用し、新事業活動を行い、新しい事業分野を開拓する意向を記載した書面を主務大臣に提出します。付与決議日において大口株主及び当該大口株主の特別関係者でないこと自社やその子会社の役職員の中でも、創業者のような1/3以上の持ち分を持っている方(大口株主)には割当できません。大口株主の親族や配偶者などにも付与することはできません。(5)保管委託税制適格ストックオプションの要件に、保管委託があります。保管委託とは、権利行使によって取得した株式を保管する先を決めることです。株式の保管先として、証券会社などに委託する必要があります。※令和6年改正により緩和。交付される株式が譲渡制限株式であり、かつ当該株式を株式発行会社自身により管理するという要件が満たされる場合には、金融商品取引業者等の営業所等の保管委託要件が不要となる見込み。税制非適格ストックオプションは最大55%課税無償SOの税制適格と税制非適格の違いを図にまとめました。適格要件を満たすかどうかで税制が大きく異なります。※各税の計算は以下の計算式の通り 給与課税=給与所得×10~55%の累進課税 =(権利行使時の株価と権利行使価格の差額×株式数)×10~55%譲渡課税=譲渡所得×20% =(権利行使価格と売却価格の差額×株式数)×20%上図に示す通り、最大の違いは税制非適格ストックオプションの権利行使時、つまりSOを株式に変える際、給与所得に対する約10〜55%が課税されるということです。SOを株に変えただけで、現金を得ていないのにもかかわらず課税されます。なお、ここで言う給与所得は「権利行使時の株価と権利行使価格の差額×株式数」です。また、株式売却時の譲渡課税もあるため、税制非適格の場合は課税が2つのタイミングで発生します。一方で、税制適格ストックオプションは、権利行使時には課税されずに、株式譲渡の際に譲渡所得として約20%課税されます。無償ストックオプションのデメリット3つ無償ストックオプションのデメリットには、以下3つのデメリットがあります。①税制適格でないと最大55%課税される②無料のため従業員への意識付けにならない③株主総会で決議が必要それぞれについて解説していきます。①税制適格でないと最大55%課税される「税制非適格ストックオプションは最大55%課税」で説明した通り、税制適格要件を満たさないとキャピタルゲインを得る前に給与課税が課されます。これが無償ストックオプションの最大のデメリットです。②無料のため従業員への意識付けにならない無償ストックオプションは、従業員のモチベーションをあげるためのインセンティブとして無料で付与されます。しかし、「臨時ボーナスのようなものが配られた」というリアクションで、経営陣の想定とは異なり従業員の意識が変わらなかった実例もあります。③株主総会で決議が必要無償ストックオプションを役員に付与する場合、株主総会において理由を説明した上で、役員報酬決議をする必要があります。特に上場企業にとっては、取締役会決議のみで発行可能な有償ストックオプションと比べて「機動的な発行が難しい」というデメリットが生じます。また、ストックオプションの発行のためだけに、株主総会を開くことは費用と時間がかかってしまうので、定時株主総会を待つことになります。そうなると、ストックオプションの発行に最長で1年もかかる場合があります。有償ストックオプションによる無償SOのデメリットの解決上記で述べた無償ストックオプションのデメリットは、有償ストックオプションであれば解決できます。①現金がない状態での最大55%課税を回避できる②ストックオプションへの従業員の解像度が上がる③ストックオプションの発行機会が増える①現金がない状態での最大55%課税を回避できる有償ストックオプションでは、付与される際および権利を行使する際に課税されないためデメリットを回避できます。無償ストックオプションでは、権利行使して株式に変えた時点で最大55%課税されます。その後、株式を売却して初めて現金が手元に入りますが、売却前の含み益に対する最大55%課税が大きなデメリットでした。しかし、公正価値よりも低い価額で有償ストックオプションを取得すると、課税されるので注意しましょう。専門家に価値評価を依頼するなどの対策が必要です。②ストックオプションへの従業員の解像度が上がる有償ストックオプションは、従業員が自腹を切ってストックオプションを購入します。そのため発行条件をよく考え、自身のキャリアと企業のビジョンを検討した上で投資することになります。したがって、従業員のストックオプションに対する理解が深まり、経営陣の期待通り従業員のモチベーションが向上する可能性が高くなります。③ストックオプションの発行機会が増える有償ストックオプションの場合、役員報酬ではないので、取締役会での承認だけで発行することができます。上場していない企業の場合は、株式譲渡制限があるので新株予約権の発行に株主総会が必要となりますが、株主数が少ないので株主総会を開きやすく、ストックオプションの発行は比較的しやすいと言えます。まとめいかがでしたでしょうか。今回は、無償ストックオプションについて、税制適格SOの要件とメリット・デメリットを簡潔にまとめてみました。無償ストックオプションは、払込なく発行できるスキームですが、税制適格を満たすかどうかなど、最低限の知識と会計・税務・法務理解が必要となってきます。無償ストックオプションの発行を検討している方、無償ストックオプションに限らずインセンティブ設計に関して疑問点をお持ちの方がいましたら、以下からお気軽にお問い合わせください。